貴志祐介さんの作品はこれまで全て読んできたが、今回おすすめさせていただく7作品は、他の作品と比べて頭一つ飛び抜けた面白さを放つ。
新作が出るたびに読んでいるが、やはりこの7作品を超えてくるものには、今のところ出会えていない。
あまり貴志さんの作品を読んだことがない、という方には、ぜひこの7作品を優先的に読むことを強くオススメする。
参考にしていただければ嬉しい。
1.『十三番目の人格 ISOLA』
デビュー作からすでに全盛期という恐るべき貴志さん。
「人の強い感情を読める能力」を持った主人公が、被災地のボランティアで多重人格の千尋という少女と出会う。
その能力を使い千尋と接し始めるが、千尋の中の十三番目の人格「ISOLA」が目覚めてしまう。
多重人格モノの小説は多くあるが、その中でも群を抜いた面白さと恐ろしさと併せ持っている。
手に汗握るサスペンスホラーでありながら、ほどよくミステリ要素が散りばめられており、この配分が絶妙なのだ。
『黒い家』ほどの怖さではないし、リアリティもそれほどではないのに、ここまで読ませる物語にしてしまう貴志さんの凄さよ。
相変わらず心理描写がお上手であり、終盤の展開とゾッとさせられるオチには本当に恐怖を植え付けられた。
2.『黒い家』
日本のホラー小説を代表する、「人間の怖さ」を最大限に引き出した傑作である。
保険会社に勤める主人公がある客の自宅に行き、そこで子供の首吊り死体を発見してしまう。この死に不信感を抱いた主人公は、やめておけばいいのに、独自に調査を始める。
それが、恐怖の日々の始まりだと知らずに。
貴志ホラーの真骨頂
世の中には「絶対に関わってはいけない人」がいる。この主人公は「絶対に関わってはいけない人に関わってしまった」のだ。不運としか言いようがない。
保険業界というあまり馴染みのない環境が舞台であるが、全く読み辛さは感じさせず、序盤から息もつかせぬ間もなく面白くなっていく。
そして中盤以降はジェットコースターに乗ったかのごとく一気読みなのだ。
特に終盤の、あの畳み掛けるような恐怖ーー、極限まで追い詰められ、精神が限界を超えるか否かの心理描写が、もう感動してしまうほどにお上手である。
自分が主人公になって、いま、その場で、本当に体験しているかのように感じてしまうのだ。これぞ貴志祐介さんだ!と叫びたい。
映画版も面白かったが、やはり貴志さんの文章で読む方が、怖さを何倍にも膨れ上がらせてくれる。
ただし、夜読み始めれば徹夜は免れず寝不足になるし、心臓にも大きな負担をかけるので、確実に身体には良くない。
3.『天使の囀り』
世の中に「気持ち悪い&グロい小説」なんて山ほどあるが、『天使の囀り』の気持ちの悪さは、そのどれとも違う異様さを放っている。
アマゾンへ調査に行った人々が、帰国後に不可解な死を遂げていく。
その事件で恋人を失った主人公が、独自に調査を開始してくわけだが、
アマゾンで一体何があったのか?
の一点が気になり、とにかく一気読みである。
文庫にして約500ページある物語を、最後まで飽きさせず一気読みさせる筆力はさすが。
ありえなそうで、でもありそうなギリギリのリアリティがある。そこがたまらなくゾクゾクするのだ。
これを読むと、しばらく火の通っていないものを食べられなくなるので注意しよう。
貴志さんの作品の中で、という枠を超え、サスペンスホラーというジャンルの作品の中でも一級品なのだ。
これだけ気持ちの悪い物語なのに、最終的には「こんなに面白い作品を読ませていただきありがとうございました」という気分になるから不思議である。
4.『クリムゾンの迷宮』
時間を忘れ、これほど夢中になって読んでしまう作品も数少ない。
初めて読んだ時は「すごい面白いなあ!」という小学生並みの感想しか出てこなかったし、今読み返して見ても「すごい面白いなあ!」とまるで成長のない感想しか出てこない。
目が覚めたら、見た事もない、ここは地球なのかと疑ってしまうような場所にいた。手元には水筒と、栄養食品。そして「火星の迷宮へようこそ。」と記された、ゲーム機のようなものーー。
という、四十歳の藤木という男性が、訳も分からず命がけのバトルロワイアルに参加させられる物語である。
藤木の他にもこのゲームに参加させられた人々がおり、彼らは生き残りをかけてサバイバルを始めるわけだが……。
デスゲーム小説の最高峰
『黒い家』でもそうだったが、まるで自分が本当に体験しているかのようなドキドキが味わえる。この臨場感は貴志さんならでは。
そして、極限まで追い込まれた人間の描き方が、それは鳥肌が立ってしまうくらいにお上手だ。私なら”ヤツら”を見ただけで失神してしまうだろう。
よく「オチが弱い」とか言われるが、この作品にはあれくらいのラストがちょうど良い。
深い事は考えず、ただシンプルにドキドキを味わいたい人へ。
極上のエンターテイメントとはこの事である。
5.『青の炎』
家族を守るために一人の男を殺した、17歳の櫛森秀一という青年の孤独な戦いを描く。
犯人の視点で物語が進む「倒叙ミステリ」の名作であり、青春小説としての傑作でもある。
櫛森秀一は、年齢にしては頭がキレるが、所詮はやはり17歳。自分の頭の良さを過信している、けれども絶対にやり切るんだという高校生らしい思いが、辛いくらいに伝わってくる。何度も言うが、貴志さんの人間描写は尋常ではない。
倒叙ミステリというのは、犯人がどんなに悪役であろうともつい応援したくなってしまうものだが、この作品のほど犯人の味方になってしまうのは稀である。
本当に辛いし、悲しい物語だ。
大変素晴らしい作品なのに、読むとあまりに心が傷んでしまうため、読み返したいのになかなか読み返せないというジレンマが存在する。

6.『新世界より』
1000年後の日本を舞台にしたSFファンタジーである。
ファンタジーと言っても華やかさはなく、不穏で薄気味悪い雰囲気が漂う。読み始めて少し経てば、「これはよくあるファンタジー小説とは何か違うぞ」と気がつくことになるだろう。
文庫にして上・中・下巻からなる大作であり、なかなか手を出しにくいのはわかるのだが、一度読み始めてしまえばあっという間だ。
序盤こそ世界観に圧倒され、読み進めるのに時間がかかるかもしれないが、上巻の後半から加速していき、終盤にはもうとんでもないことになっている。
あと中巻下巻と2冊も読めることが幸福に思えるほどにのめり込んでしまうのだ。
貴志さんの作品は時間を忘れて一気読みしてしまうものばかりだが、『新世界より』にいたっては、じっくりと、長い時間をかけて、噛みしめるように読みたい。
7.『悪の教典』
まず言いたいのが、小説と映画版はほとんど別物だということだ。映画版を観て内容を知っているから読まない、というのは間違いなく損である。
それほどまでに、原作は素晴らしいものとなっている。
他の教員からも慕われ、生徒からの人気も高い教師・ハスミン。
誰の目から見ても優秀な彼が、実は超サイコパスな、人の皮を被った化け物であった。
本書のポイントは、ハスミンが「完璧すぎない」サイコキラーであるところだ。完璧な計画的犯行のように思えて、実はところどころにミスを犯す。
ただのサイコホラー小説ではなく、「ハスミンはどこでミスをしてしまったのか」を探る「倒叙ミステリ」でもあり、よりいっそう楽しめるものとなっている。
恐ろしいことに、読んでいるうちにハスミンに感情移入してしまい、気がつくと彼のことを応援してしまっている自分がいるのだ。こんな殺人鬼であるのにもかかわらず、「お願いだから捕まらないでおくれ」と願ってしまうほどに。
『黒い家』や『クリムゾンの迷宮』ともまた種の異なる、一級のエンターテイメント作品である。
あとがき
『ダークゾーン』や『硝子のハンマー』なども、面白いとは思う。
新刊の『ミステリークロック』も読んでみた。確かに、面白いことは面白い。
しかし、今回オススメさせていただいた初期の7作品とは、どこか超えられない壁のようなものを感じてしまう。
いつかこの7作品を超えるような作品を書いてくれると信じて、私はいつまでも貴志さんの作品を読み続けていく。
コメントを残す