2018年版「このミステリーがすごい!」が発売となった。
この時期になると、1年は早いなあ、とつくづく感じる。
それはさておき、今回見事ベスト10に選ばれた国内作品を、簡単にご紹介させていただく。
うち2作品は読んでいなかったので、発表後すぐに読んできた次第である。
参考にしていただけたら嬉しい。
目次
10位.『開化鐵道探偵』山本巧次
逢坂山トンネルの工事現場で起きる不可解な事件を、元・八丁堀同心の草壁賢吾助が助手・小野寺を引き連れ究明していく。
最初は「不可解な事故を解明してくれ」との依頼を受けての出動だったが、現場の最寄り駅で工事関係者が不審死を遂げ、物語の謎はさらに深まることになる。
探偵と助手という本格ミステリならではの配役でありながら、堅苦しさは一切なく、いつまでも浸っていたいような独特な雰囲気がある。
それは、山本巧次さんの描く文明開化時代の情景が素晴らしいからだろう。
舞台設定だけでも十分に魅力的であり、中身もちゃんと本格ミステリしているから申し分ない。
山本巧次さんといえば『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』から始まる〈八丁堀のおゆうシリーズ〉もイチオシなので、この機会にそちらもお手にとってみてはいかがだろうか。
9位.『盤上の向日葵』柚月裕子
柚月裕子さんの最高傑作は『孤狼の血』で間違いなしだったのだが、それと並ぶほどに面白い作品であった。
埼玉県の山中で、身元不明の白骨死体が発見された。一緒に埋められていたのは初代菊水月作の、伝説の将棋駒。
なぜ一緒に埋められていた?この駒が意味するものはーー。
人間ドラマとしても傑作
ベテラン刑事・石破と、かつて棋士を目指していた佐野巡査がコンビを組み、駒に秘められた謎を追う。
それと同時進行で、一人の少年の半生が語られていくわけであるが、この構成がまたお上手である。
物語が進むたび次々に魅力的な謎が湧いてきて、「次はどうなるの?」の連続で休む暇を与えてくれない。
そして何より、柚月さんならではの人間ドラマが今回も濃密に描かれている。
ミステリー小説の枠を超えた、「とても面白い読みもの」なのだ。
将棋の世界が舞台となるが、将棋について無知であっても問題なく楽しめるものとなっているのでご安心を。
もっと順位が高くても良かった。
8位.『かがみの孤城』辻村深月
傑作である。
間違いなしの、傑作である。
初期の頃の辻村深月さんをパワーアップさせ、それまでのすべての魅力を注ぎ込んだ「これぞ辻村深月!」という作品なのだ。
だが、謎を解くことをメインとした「推理小説」ではなく、「ミステリー要素のある青春ファンタジー小説」なので、その点はご注意願いたい。
孤城に集められた、7人の少年少女
中学校でイジメに会い、学校に通えなくなってしまった安西こころ。ある日、突然こころの部屋の鏡が光り始めた。
思わずその鏡をくぐり抜けたこころ。その先にあったのは、お城のような不思議な建物だった。
城の中には、こころの他にも6人の少年少女がいた。計7人。彼女たちは、なぜこの場所に集められたのか?
そして彼女たちの傍らには、「狼のお面」をかぶった謎の少女がいた。
彼女は一体何者なのかーー?
「お前たちには今日から三月まで、この城の中で”願いの部屋”に入る鍵探しをしてもらう。見つけたヤツ一人だけが、扉を開けて願いを叶える権利がある。つまりは、”願いの鍵”探しだ。ーー理解したか?」
『かがみの孤城』43ページより
序盤から中盤までに散りばめられた謎や伏線を、終盤で一気に回収してく怒涛の展開は実に辻村さんらしく、圧倒的。
もし、今回のベスト10の中で私が順位を決めるなら、間違いなく一位である。それくらい「読んでよかった」と思わせてくれる作品だった。

7位.『遠縁の女』青山文平
2017年版の「このミステリーがすごい!」で4位となった『半席』の著者、青山文平さんの作品集。
「機織る武家」「沼尻新田」「遠縁の女」の3編が収められている。
いずれもテーマは〈女性〉。でありながら、武家社会に生きる人々の生活を見事に描き切っている。
時代小説としてまず面白く、ミステリー要素もあり、起承転結の〈結〉には毎回「おお、そうきますか……」と驚かされてしまう。
特に、表題作とだけあって「遠縁の女」が逸材。
時代小説に苦手意識がある方でも、青山文平さんの文章ならスラスラと読めるだろう、というくらいに読みやすいのも嬉しいところだ。
もし未読であれば、これを機会に『半席』も一緒にお手にとってみてほしい。
6位.『狩人の悪夢』有栖川有栖
アイラブ有栖川有栖さんである。
犯罪学者・火村英生を探偵役、推理作家・有栖川有栖をワトスン役とした「作家アリスシリーズ(火村英生シリーズ)」の長編。
人気ホラー小説家である白布施の家〈夢守荘〉にアリスが訪れて、「眠ると必ず悪夢を見る部屋」に泊まる。
翌日、白布施のアシスタントが住んでいた家で、手首を切断された死体が発見される。
ホワイダニットの魅力
フーダニット(犯人は誰か?)はもちろんだが、やはり見所はホワイダニット(なぜ手首を切断する必要があったのか?)。
相変わらずの論理的推理が炸裂している。この推理劇を鑑賞できるだけでもありがたいというものだ。犯人からしてみれば、恐怖以外のなのものでもないだろう。
正直にいえば、ミステリにおいての「意外性」はそれほど高くない。
けれども。
意外な犯人でした、とか、どんでん返しが炸裂、とか、そういうのも確かに嬉しいんだけど、作家アリスシリーズに関しては、火村とアリスの会話を見れるだけでも満足してしまうのだ。
5位.『いくさの底』古処誠二
戦争小説とミステリ小説の両方の良いところを融合させ、古処さんならではの切り口でその魅力を最大限に引き出した傑作。
第二次大戦中、ビルマの小さな村で、警備に入った日本軍の少尉が殺害される。
はたして犯人は、動機は。
戦争ミステリ小説の金字塔
まず、戦争小説として抜群に面白い。
派手な戦闘シーンがないのにもかかわらずこの恐ろしさ。
古処さんご自身が本当に体験したことなんじゃないか、と思えるほどリアリティに溢れており、淡々とした語り口で進められていくのも実に味わい深い。
そしてミステリー小説として読んでも見事。
〈誰が殺したのか?〉以上に〈なぜ殺したのか?〉が素晴らしい。これぞ戦時中が舞台ならではのミステリー作品だ。
最高のフーダニットであり、極上のホワイダニット。
まさに、いくさの、底。
4位.『ミステリークロック』貴志祐介
1作目『硝子のハンマー』、2作目『狐火の家』、3作目『鍵のかかった部屋』に続く「防犯探偵シリーズ」の4作目となる短編集。
防犯探偵・榎本径と、弁護士・青砥純子のコンビが活躍する、貴志祐介さんおなじみのシリーズである。
収録作品は「ゆるやかな自殺」「鏡の国の殺人」「ミステリークロック」「コロッサスの鉤爪」の4編。
複雑極まりないトリック
「やられた!」というより、「よくこんなトリックを思いつくなあ」という驚き。わかるわけがない。説明されてもよくわからないので、2度読む羽目になる。
純粋に「すごいトリックを見てみたい」という方にはオススメ。とにかくトリックに凝っている。
『クリムゾンの迷宮』『黒い家』『新世界より』などの傑作と比べてしまうと、どうしても面白さに欠けるように思えるが、ミステリー小説としては十分に楽しめる作品となっている。
いや、そもそもジャンルが異なるので、比べてしまうこと自体がおかしいのだが。

3位.『機龍警察 狼眼殺手』月村了衛
月村了衛さんによる〈機龍警察シリーズ〉の長編5作目。
もはや面白いのが当たり前のシリーズで、これまでの作品がいくつもこのミスにランクインしている。
新型機甲兵装「龍機兵」を中心とした〈至近未来警察小説〉でありながら、SF要素はそれほど強くなく、純粋にハードボイルド警察小説として楽しく読めるのも嬉しいポイントだ。
結局面白い機龍警察シリーズ
そこで今回の『機龍警察 狼眼殺手』であるが、なんとシリーズの顔とも言える「龍機兵」が全く活躍しない。
にもかかわらず、これまでの作品を読んできたファンにはたまらない内容になっている。
ただただ、警察小説として面白いのだ。
もちろんこれは、これまでのシリーズを読んできて、登場人物たちに感情移入をしているから言えるのであって、未読であれば1作目の『機龍警察〔完全版〕』から読もう。
そして徹夜しよう。
2位.『ホワイトラビット』伊坂幸太郎
「やっぱり伊坂さんは面白いなあ」と改めて思わされる作品。
仙台の住宅街で人質立てこもり事件が起きる。通称「白兎事件」。
この奇妙な事件が様々な人の視点で語られていき、最後には……、という伊坂さんお得意のアレである。
ただの「立てこもり事件」ではない
中盤以降の、バラバラだったパズルのピースが音を立ててはまっていくあの感じ。至る所にあった伏線がシュルシュルと回収され、事件の全貌が見えた時、思わず「そういうことか!」と声が出てしまうあの衝撃。最高だ。
これぞ伊坂幸太郎、と唸ってしまう見事なエンターテイメントであった。
数ある伊坂作品の中でも特にサクサク読める方なので、ミステリが読みたい!というより、純粋に面白い小説が読みたい、という方はぜひお手にとってみてほしい。
1位.『屍人荘の殺人』今村昌弘
今となってはなんとでも言えるが、初めて読んだ時、「このミスベスト3には入る」と確信していた。嘘じゃないよ。
今村昌弘(いまむら まさひろ)さんのデビュー作にして、第27回鮎川哲也賞受賞作。
「このミステリーがすごい!」だけでなく、「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」でも1位を獲得したとんでもない作品である。
デビュー作にして3冠達成とは!恐ろしい……。
デビュー作でこのミス1位となったのは、馳星周『不夜城』以来21年ぶりである。
これぞ本格ミステリ!な序章
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、同じ大学の探偵少女・剣崎比留子と共に映画研究部の夏合宿に加わる。
合宿一日目の夜、彼らは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し、山荘に立て籠もりを余儀なくされてしまう。
さらに追い打ちをかけるように、山荘内で殺人事件が起きてしまい……。
という、
大学生たちが合宿で山荘に行き、外界と連絡が取れなくなった状況下〈クローズド・サークル〉で殺人事件に巻き込まれる、典型的な本格モノである。
王道であり、変化球。
さて問題は、なぜクローズド・サークルになってしまったか、だ。
これには、本当に衝撃を受けた。
「ミステリ好きな大学生」「夏合宿」「山荘」「クローズドサークル」「殺人事件」なんて展開は本格ミステリの定番。
鮎川哲也さんの 『リラ荘殺人事件』や有栖川有栖さんの『月光ゲーム』を思い浮かべながら、「はいはい、いつものやつねー」と油断していたから余計にびっくりだ。
さらに。
その特殊な事態ならではの、そこでしかできないトリックを巧みに組み込んでいる。
あの展開のインパクトだけでなく、細部まで練りに練られた見事な本格ミステリであった。
1位も納得なのである。
そして、このような作品がこのミスで1位になることが、とてつもなく嬉しい。やっぱりミステリはこうでなくっちゃ。
今村昌弘さん、オメデトウございます!
あとがき
2018年版は、特に好みの作品が多かったので嬉しい。
辻村深月さんの『かがみの孤城』はどちらかといえば「ファンタジー小説」なので、まさか「このミス」にランクインしてくれるとは思わなかった。
『屍人荘の殺人』を読んだときには、「こういう作品が1位になってほしいなあ」と強く念じていたので、結果が発表されたときは心の中でバンザイをしてしまった。
本当に、良かった。
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