【名作選】至高のおすすめ短編集・短編小説100選【ミステリ多め】

短編集のおすすめを100作品に厳選した。全体的にミステリ小説が多めになっている。

さて、「短編集=気軽にサクッと読むもの」だと思われているのなら、それは大きな間違いだ。

短編集の良いところは、その「密度」である。

無駄な部分を省き、短い物語の中で強烈な後味を残す、という事は簡単なようで実は大変なことである。

ギュギュッと絞って出たエッセンスの塊なのだ。しかもそんな濃厚な作品が何編も収められているわけだ。

これほど贅沢なことはない。

 

最初は50編くらいに厳選するはずだったのに、面白い短編が多すぎて気がつけば100編になってしまった。

ジャンルを限定せずに選んだつもりだったが私の好みにより、ミステリーやホラー、奇妙な味、後味が悪い小説が多く選出されている。

多少ジャンルは偏っているが、とにかく面白い短編集が読みたい方は、ぜひこの中から選ぶことをおすすめする。

 

目次

1.青木知己『Y駅発深夜バス』

 

『Y駅発深夜バス』『九人病』『猫矢来』『ミッシング・リンク』『特急富士』の5編からなるミステリ傑作集である。

どれもクオリティが高く、バラエティに富んでおり、それぞれ異なる後味を残す魅力ある短編ばかりだ。

上質な短編のお手本のようなものばかりで、キレが良く、オチも華麗に決まっている。

この5編の中だったら、ホラーテイストの『九人病』が一番好み。

面白い短編集を読みたいなら、絶対に手に取ってほしい一冊だ。

2.小林泰三『玩具修理者』

 

表題作の短編『玩具修理者』と中編『酔歩する男』のに編が収められている。

一人の女性が過去に体験した「玩具修理者」の話を男に聞かせていく、という『玩具修理者』は短編の良さを生かしたキレッキレの物語が楽しめる。ラストに打ち震えよう。

もう一方の『酔歩する男』は「異質なタイムリープ」ものである。タイムリープを扱ったSF小説はたくさんあるが、これほど恐ろしい設定のものがあるだろうか。

「怖い」というより、読んでいる方も「気が狂ってしまう」ほどの物語だ。初めて読んだ時、私の頭がおかしくなってしまうのではないかと本当に心配した。

読む際は気をつけよう。

3.平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』

 

著者の平山夢明さんはヤバイ人だ、と確信した作品集。

「グロテスク」&「狂気」。一体どうしたらこんな物語が思い浮かぶのかと、凡人には理解できない世界観を描いている。

しかしただグロいのではなく、各短編にそれぞれの世界と面白さがある。そしてそれが癖になる。

今作で初めて平山夢明さんを知り、それから著者の作品を片っ端から読みあさった。完全な中毒である。

他の短編集では『ミサイルマン』『他人事』などがおすすめ。長編作品では『ダイナー』『メルキオールの惨劇』などが最高だ。

4.連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』

 

連城三紀彦さんの傑作ミステリ短編集である。

えええ!と思わずもう一度最初から読み返してしまうような、アクロバティックな世界の反転が楽しめる。反転しすぎてわけがわからなくなるほどだ。

一体誰がこんな結末を予測できようか。「ははーん、結末がわかったぞ」と思っても絶対間違ってるからね。わかるわけがないのだ。だがそれが楽しくて仕方がない。

そんな傑作ミステリが9編も収められている。少々もったいないというか、贅沢すぎるのではないかと心配になる。

個人的に「夜よ鼠たちのために」と「二重生活」と「代役」に拍手喝采。

5.綾辻行人『どんどん橋、落ちた』

 

『十角館の殺人』で始まる〈館シリーズ〉でおなじみ、綾辻行人さんによる超難問犯人当て作品集

はっきり言ってメチャムズである。騙されるために読む作品、と言っても良いだろう。

知人に読ませたところ「これはひどい!」と半ギレで突き返されたことがある。

私にとっては「こんなの解けるわけないだろ!」と思わせてくれることが最高に快感なのである。

収録されている五つの難問のうち一つでも解くことができれば探偵の才能があるといえよう(言うまでもないが、わたしは一つも解けなかった)。

本格でありながら、遊び心満載で楽しく読めるのも嬉しいところ。どうしても解きたいのであれば、真正面からではなく頭を柔らかくして取り掛かるのがコツだ。

6.恒川光太郎『夜市』

 

恒川光太郎さんの作品で1番有名だろう。現に私もこの作品を読んで恒川さんにハマった。どハマりした。

収められているのは表題作『夜市』のほか、『風の古道』の2編。

第12回日本ホラー小説大賞・大賞受賞作だが、「怖い!夜眠れない!お化け怖い!」という感じは全くない。「不思議な世界に迷い込んでしまった」というファンタジーに近い作品だ。

幼いころ夜市に訪れた裕司は、弟と引き換えに「野球の才能」を手に入れた。しかし罪悪感に追い詰められた裕司は今宵、弟を取り戻しに再び夜市へとやってきたーー。

という表題作はもちろん、もう一つの「風の古道」の魅力も半端ではない。収めらている両方ともがバッチリ面白いのだ。

もし今作を楽しんでいただけたなら、同著者の作品集『秋の牢獄』も超おすすめである。

7.恒川光太郎『竜が最後に帰る場所』

 

同じく恒川光太郎さんの短編集である。

ファンタジーであり「幻想的」という言葉がピッタリな物語が5編収められている。

先ほどご紹介させていただいた『夜市』とはまた違うタイプの世界観なので、ぜひこちらも読んでみていただきたい。

8.曽根圭介『熱帯夜』

 

「気分が悪くなる」とか「ブラックユーモア」などのお話が好きな方なら必読の一作。

『熱帯夜』『あげくの果て』『最後の言い訳』の3編からなる中短編集である。

怖い、というより救いがない。しかし楽しく読めてしまうという奇妙な感じが味わえる。

ただのブラック・ユーモア集かと思えばまさかの裏切りが待っていたりと、どれも一筋縄にはいかない結末が待っているのだ。

『最後の言い訳』はまさかのゾンビ物であり、奇想天外な展開と強烈なオチが楽しめるものとなっている。

この作品を読んだ後は、同著者の『鼻』という短編集もおすすめ。どちらから読んでも構わないが、タイプが同じなので片方を読めば必ずも一方も読みたくなる。

9.曽根圭介『鼻』

 

というわけで『鼻』である。『暴落』『受難』『鼻』の3編が収録されている。

表題作の鼻は、「ブタ」という人種と「テング」と呼ばれる下層人種に差別された世界でのお話。

「テング」がどんどん殺戮されていく中、医師である’‘私’‘はテングを守ろうと、禁止されている転換手術を試みようとする。

その一方で、とある事件を追う刑事視点の話も展開されていく。

つまりは、医師である’‘私’‘と刑事の話が交互に展開されていくわけだが、話が進むにつれて奇妙な繋がりを持ってくる。

そして最後に、「ナンテコッタイ!」と叫びたくなる衝撃を味わうことになるのだ。さすが日本ホラー小説大賞短編賞受賞作、見事である。

人間の価値や評価が全て「株」によって決められる社会を描いた『暴落』も、見事な世界観と設定のおかげで思わずのめりこんでしまうほど面白い。

この後味の悪さがクセになってしまう。

10.深緑野分『オーブランの少女』

 

2016年「このミステリーがすごい!」で2位となった『戦場のコックたち』の作家・深緑野分さんのデビュー作である。

異なる世界に生きる少女を巡った「ミステリ」であるが、面白い部分は決してそこだけではない。

作品全開に漂う空気感、そして美しさと狂気の共演。まるでゴシックホラーのような世界に浸ることができる逸品だ。

11.今邑彩『時鐘館の殺人』

 

今邑彩(いまむら あや)さんによる、ミステリ、ホラー、SFなど様々なテイストが楽しめる傑作短編集。

タイプは違えどいずれもオチのキレが良く、背筋をゾクッとさせてくれるものが多い。

本当に面白い作品しかないが、特に逸材なのが、ラストの捻りが良い『生ける屍の殺人』、伏線の張り方が絶妙な『黒白の反転』、そして表題作の『時鐘館の殺人』。

表題作はオチだけでなく、その構成と伏線の忍ばせ方までもが見事。この「仕掛け」はなかなか味わえるものではない。

12.今邑彩『よもつひらさか』

 

『時鐘館の殺人』と並ぶ、今邑彩さんの最高傑作。

12篇のホラー短編集であり、今邑彩さんならではのエッセンスが凝縮された短編ばかりが揃っている。

ホラー短編であるのに、「怖い」という感情より思わず「うまいなあ」という感情が先に出てくる。

読後、あまりの巧みさに思わずため息が出てしまうのだ。

13.倉阪鬼一郎『鳩が来る家』

 

倉阪 鬼一郎(くらさか きいちろう)さんの恐怖作品集。

怖いと言うより「狂気」。恐ろしいと言うより「気持ちが悪い」が勝る。特に『蔵煮』は、なぜこんなものを読んでしまったのかと後悔した。

間違いなく食欲が失せるのでダイエットにもおすすめである。

読んでいて気分が悪くなる話ばかりであり、どんなに暇でももう一度読みたいとは思わない。もしこの作品をおすすめしてくる人がいたら私はちょっと引いてしまう。

しかし、一度はこの狂気的な世界を覗いてみていただきたい。これが倉阪ワールドなのだ。

14.乙一『ZOO』

 

乙一さんの傑作短編集。

「ジャンル分け不能」と呼ばれるだけあり、なんと表現したらよいかわからないダークな物語が5編収められている。

全体的に気味の悪い雰囲気が漂い、読後にテンションが下がるものが多い。

しかし、残酷な中にもほのかに希望の光をちらつかせる所がまたなんとも言えぬ後味を残す。

「ハズレなし」という言葉がぴったりな作品集であるが、特に拉致監禁された姉弟が脱出を試みる『SEVEN ROOMS』が最高に好み。初めて読んだ時はしばらく落ち込んでいた。カオスである。

このタイプのお話が好みなら、続けて第二弾の『ZOO〈2〉 (集英社文庫)』もどうぞ。

15.折原一『グランドマンション』

 

「叙述トリックの名手」との異名を持つ折原一(おりはらいち)さんの連作短編集。

「グランドマンション一番館」を舞台に巻き起こる事件を描いた、折原一さんらしさがよく現れたミステリ作品である。

一遍一遍のクオリティも申し分なく高く、短い物語の中でしっかりと驚きと快感を与えてくれる。

しかもラストにはそれぞれが繋がって、「そうくるか!」と言わせてくれる連作短編ならではの仕掛けが楽しめるのだから贅沢極まりない。

他にも折原一さんの短編集だったら、〈密室の王者〉と呼ばれるジョン・ディクスン・カーの作品をパロディした『七つの棺』もおすすめしたい。

16.山口雅也『キッド・ピストルズの冒涜』

 

パンクでパンクなキッド・ピストルズが活躍するパンクなミステリ。「キッド・ピストルズシリーズ」の第一作目である。

あまりにぶっ飛んでいるので「ふざけているのか?」と思えるほどだが、そのトリックも論理的推理も「見事」の一言。実に贅沢なミステリ短編集なのだ。

しかもどの事件もマザーグースに絡められているというのもポイント(マザーグースとは、英米などに伝わる童謡のこと)。

どの短編も高いクオリティを誇るが、中でも「曲がった犯罪」は傑作中の傑作。これだけでも読む価値アリなのだ。

17.新堂冬樹『吐きたいほど愛してる』

 

「グロい小説が好き」「気分を悪くしたい」という変わった人に特におすすめの作品集。新堂冬樹さんはどうしてこのようなもの書いてしまったのか。

タイトルの通り、吐きたくなるほどぶっ飛んだ物語ばかりが収められている。「気持ち悪さ」をとことん追求した結果がコレである。

私自身、なんでこのような小説が好きなのかわからない。でも止められない。

読んでいる途中で「こりゃダメだ」と思って中断しようとするのだが、悲しいことにページをめくる手が止まらない。読みやすいのもいい加減にしてほしい。

グロい小説というのはたくさんあるが、今作を最初に読んでしまうと他の作品に物足りなさを感じてしまうので注意しよう。

18.若竹七海『プレゼント』

 

不運な女探偵・葉村晶が活躍する〈葉村晶シリーズ〉の一作目にあたるミステリ短編集。

気軽に読めるライトミステリーかと思いきや、意外と後味が悪い物語が多いのが特徴である。

シリーズ一作目ということで、まだ普通のフリーターである葉村晶の様子が面白い。まさか、シリーズが進むにつれて彼女にあんな大変なことが巻き起こっていくとは想像もしなかった。

この後『依頼人は死んだ』、『悪いうさぎ』と続いていくわけだが、どんどん彼女の苦労が大きくなっているような気がする。だが彼女には申し訳ないが、その方が面白いのだ。

19.三津田信三『怪談のテープ起こし』

 

怖い。恐い。

名作ホラーミステリ『厭魅の如き憑くもの』で始まる〈刀城言耶シリーズ〉で知られる作家・三津田信三さんによるホラー短編である。

ホラーミステリの傑作「刀城言耶シリーズ」の読む順番とかあらすじを語りたい

収められている短編は、いずれも三津田さん自身が実際に体験した話を元に構成されている。

例えば「死人のテープ起こし」は、三津田さんが「自殺者が死ぬ前に肉声を吹き込んだテープ」を原稿に起こすという話(この企画がすでに怖い)。

話に事実の情報が加わることで、現実の事か作り話なのかがわからなくなるため余計に怖いのだ。後からジワジワくるタイプである。

「これフィクションですよね?(フィクションと言ってくれ)」と本人に直接確認したいのだが、どうすれば良いのだろうか。

20.井上夢人『ザ・チーム』

 

井上夢人さんといえば『ダレカガナカニイル…』や『オルファクトグラム』などの「奇妙なミステリ」を書くイメージが強かった。

だが、この『the TEAM』は遊び心の溢れた、楽しいエンタメ連作短編集となっている。

どんな人の悩みも言い当て、問題解決まで導く大人気の霊能力者・能城あや子と、彼女を裏で支える「チーム」を描く痛快な物語。

とにかく、彼らの素晴らしきチームプレーを見届けてほしい。読み終える頃にはきっと彼らのことを大好きになり、続編を読みたくなっていることだろう。

だがなんと、続編がないのである!

確かに良い終わり方をしたが、もっと彼らの活躍を見たかったというのが本音だ。

21.京極夏彦『厭な小説』

 

タイトルのまんまである。厭(いや)な物語しか収められていない。

姑獲鳥の夏』などの〈百鬼夜行シリーズ〉でおなじみ、京極夏彦(きょうごくなつひこ)さんの作品。

奇妙で不気味で救われない。こんなにも厭なのにグイグイ読んでしまうのはなぜだろうか。

単純なホラーではなく、京極さんにしか書けない独特さが余計に厭だ。

はっきり言って「読んでよかった」とはならない。読後感も最悪で、テンションは下がる一方である。

よりによってこのような作品をおすすめしてしまうとは。

まったく、厭で厭で仕方がない。

22.有栖川有栖『ロシア紅茶の謎』

 

犯罪臨床学者・火村英生とミステリ作家・有栖川有栖のコンビが活躍する〈火村英生シリーズ〉の、タイトルに国名をつけた〈国名シリーズ〉の一作目。

エラリー・クイーンの〈国名シリーズ〉を彷彿とさせるこのシリーズは、質の良い本格ミステリを存分に堪能できるものとなっている。

ミステリがお好きであれば、読んでいただいてまず間違いない。

ミステリの質はもちろん、火村&有栖コンビの面白い掛け合いも見所である。

特に読む順番はないのだが、こだわりがないのであれば刊行順に読むことをおすすめしたい。

23.有栖川有栖『スイス時計の謎』

 

同じく〈国名シリーズ〉の一つ。

4篇からなるミステリ短編集であり、表題作である『スイス時計の謎』が国名シリーズの中でも最高傑作の出来栄え。

「絶品の論理的推理」というものが味わうことができる。

これを読んでしまうと、普通の推理では満足できなくなってしまうので危険。

24.阿刀田高『ナポレオン狂』

 

阿刀田高さんらしいブラックユーモアがたっぷり詰まった作品集。短編と言うよりショートショートだ。

どれもこれもオチでゾクッとさせてくれるものばかりで、短い話ながら引き込み力が凄まじく、濃厚な後味を残す。

ナポレオンに魅了された二人の人物が出会った時どうなるのか……という表題作「ナポレオン狂」のほか、真樹子の家に度々やってきては赤ん坊の世話をしたがる謎の女「来訪者」などがお気に入り。

他にも、阿刀田さんの『冷蔵庫より愛をこめて』も非常におすすめ。『ナポレオン狂』と肩を並べる名作短編集である。

25.歌野晶午『ハッピーエンドにさよならを』

 

葉桜の季節に君を想うということ』という名作ミステリで有名な、歌野晶午(うたの しょうご)さんの作品。

内容は、タイトルの通りである。

思いっきり自白してくれているので、最初からハッピーエンドなんて期待せずに安心して読むことができる。素晴らしい心遣いである。

バットエンドだとわかっているにもかかわらず、一捻り加えてあるので「そうくる?!」的な展開も楽しめてしまう。

当然ながら後味は良くないが、それでも面白く読めてしまうのが歌野さんのすごいところ。

26.海野十三『獏鸚』

 

日本SFの先駆者・海野十三。

そんな彼の、名探偵・帆村荘六が活躍する短編を10編収めた傑作集となっている。

江戸川乱歩のような「怪奇」さの中に「科学ミステリ」を混ぜ合わせた感じの、とにかく海野十三さんならではの奇想天外な世界観を描く

とにもかくにも「普通の」ミステリではない。これがツボな人にはとことんツボなのだ。

トリックのひねり(無茶苦茶)も申し分なく、あえて時代を感じさせる情景がなんとも心地よい。

ほんとに「傑作集」の名にふさわしいので、彼の作品を読んだことがない方にこそおすすめしたい一冊である。

27.島田荘司『御手洗潔の挨拶』

 

島田荘司さんによる〈御手洗潔シリーズ〉の第一短編集。

シリーズ的には三作目であり、順番的には、①『占星術殺人事件』②『斜め屋敷の犯罪』③『御手洗潔の挨拶』④『異邦の騎士』……と続いていく(この四作は本当に名作)。

島田荘司『御手洗潔シリーズ』の読む順番とオススメについての話

本格であり、探偵小説であり。このくらいの古き良きトリックがとても好きだ。

シリーズの主要人物・御手洗潔と石岡君のキャラクターをより深く知ることができるので、今後〈御手洗潔シリーズ〉を読んでいく上でも非常にオススメしたい一冊である。

御手洗潔という変人をより好きになってしまうこと間違いなしだ。

28.朱川湊人『わくらば日記』

 

人や場所の「過去を見る」ことができる姉・上条 鈴音(かみじょう りんね)。

非常に美しい容姿を持つ彼女だったが、幼い頃から体が弱く、力を使いすぎると頭痛がするようになってしまう。

そんな姉と過ごしてきた日々を妹の和歌子が語っていく、という形式の連作ミステリである。

姉の能力でバンバン事件を解決していく!というミステリと言っても間違いではないのだが、この作品の良いところは「雰囲気」と「ストーリー」にある。

舞台となる昭和30年代の独特な雰囲気は、子供の頃を思い出すような懐かしい気持ちにさせてくれる。

細かく丁寧な描写のおかげで、まるで昭和30年代にタイムスリップしてしまったような感覚を味わうことができるのだ。

そして儚く切ないストーリーは、どれも心に残るものばかりである。

がっつりな本格ミステリを読もうとして読む作品ではない。しかし、特別な能力を持つ姉がどんな苦悩を抱え、どのような人生を過ごしてきたのか、それをぜひ見ていただきたい。

29.『江戸川乱歩傑作選』

 

江戸川乱歩の作品って何から読めばいいかわからない、という方におすすめの一冊。

『二銭銅貨』『芋虫』『二癈人』『D坂の殺人事件』『心理試験』『赤い部屋』『屋根裏の散歩者』『人間椅子』『鏡地獄』という超ナイスな9編が収められた傑作短編集である。

本当に素晴らしいセレクションなのだ。ビックリだ。

これに加え、名作「押絵と旅する男」や「陰獣」が含まれている『江戸川乱歩名作選(新潮文庫)』も読むともっと最高。

極め付けに『パノラマ島奇談(江戸川乱歩文庫)』も合わせて読めば、乱歩の短編はほぼ完璧と言ってもいい。

30.泡坂妻夫『煙の殺意』

 

泡坂妻夫さんのミステリは少し特殊である。

それは長編作品の『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』や『乱れからくり』などを読んでいただければわかるように、一筋縄にはいかないキテレツな展開が楽しめるのだ。

簡単にいえば、「泡坂さんらしい」。この「らしさ」が詰まった短編集がこの『煙の殺意』なのだ。

それぞれの物語に「そうくるか!」と言わせてくれる巧みな技が秘められており、ユーモアあり、カラクリあり、インパクトあり、で各短編で違った楽しみ方ができる。

個人的には「煙の殺意」と「椛山訪雪図」が特に好き。

31.森見登美彦『宵山万華鏡』

 

夜は短し歩けよ乙女』でおなじみ、森見登美彦さんの短編集。

不思議で奇妙な「森見ワールド」が全開の一冊である。

森見さんの作品を「明」と「暗」に分けるとしたら、「暗」寄りの作品。私はこっちの方が好み。

短編でありながら2話ごとにつながりを持つ今作は、タイトルのように万華鏡を覗き込んだような体験をすることができる。

このくらいのダークな雰囲気が好きなら、同著者の『きつねのはなし』もおすすめしちゃうぞい。

32.津原泰水『11 eleven』

 

津原泰水(つはらやすみ)さんの傑作短編「五色の舟」が収められた作品集。「五色の舟」だけでも読む価値がある(もちろん他の短編も面白い)。

幻想であり、妖艶であり、奇妙。ホラーでありSFであり。収められているどれもが圧倒的な完成度を誇る。一遍一遍ゆっくり読もうと思ったのがだ、時間を忘れて一気読みしてしまったほど引き込まれてしまった。

一度入ったら抜け出せない世界を見せてくれる。

津原さんの作品をまだ読んだことがない、という方はまずこの一冊からおすすめしたい。もし気に入っていただけたなら『綺譚集』と『蘆屋家の崩壊』もぜひ。

33.米澤穂信『満願』

 

米澤穂信さんの傑作短編集の一つ。

一つ一つの短編が、とにかく「上手い」の一言に尽きる。

どれにも意外な結末が用意されており、後味は苦い。

「万灯」は米沢短編の最高峰。私は「関守」のゾクゾクっとするオチも好きだ。

34.米澤穂信『氷菓』

 

定番の一冊になってしまうが、短編集のおすすめとあればご紹介しないわけにはいかない。

神山高校の「古典部」メンバー4人を中心とした、青春ミステリーの名作である。

人の死なない「日常の謎」をメインとしたミステリ小説でありながら、物足りなさを全く感じさせない物語とトリックには見事と言うほかない。

また、ミステリ小説としてだけでなく「青春小説」としても最高に面白いのがポイントだ。

青春ミステリーといえば「爽やか」なイメージがあるかもしれないが、この〈古典部シリーズ〉は青春の中に潜む「苦味」を描ききっているのも大きな特徴である。

青春とは、決して爽やかなことばかりではないのだ。

シリーズの順番は

①『氷菓
②『愚者のエンドロール
③『クドリャフカの順番
④『遠まわりする雛
⑤『ふたりの距離の概算
⑥『いまさら翼といわれても

となる。

必ず順番に読もう。

35.米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』

 

ダークミステリーとでもいうべきか。「バベルの会」という読書サークルに関連した短編が五編収められている。

上流階級の人々による上品で妖しいミステリが描かれており、どれもゾクッとするようなブラックな後味を残してくれるのだ。ホラーではないのに、寒気が酷い。

また伏線の忍ばせ方も逸材であり、読み返してみるとその凄さに「おお!」となる。

ポイントは、順番に、一話一話じっくりと読むこと。

米沢さんの短編集といえば『満願』も大人気だが、個人的にはこちらの世界観の方が好み。怪しげで不気味な雰囲気がたまらんのだ。

36.北村薫『空飛ぶ馬』

 

女子大生の「私」が出会った謎を、落語家の円紫(えんし)師匠が解決していくという〈円紫さんシリーズ〉の一作目。

殺人の起きない〈日常の謎〉というジャンルを確立した名作である。つまりは〈日常の謎〉の元祖、というわけだ。

中でも、3人の女子高生たちはなぜ紅茶に砂糖を何杯も入れるのか?という謎に迫る『砂糖合戦』は見もの。「魅せる日常の謎」のお手本のような作品である。

また、シリーズを通して「私」が歳をとり成長していくのも大きな魅力の一つ。『空飛ぶ馬』読んだらきっとシリーズを全部読んでみたくなってしまうだろう。

ちなみに、作家の米澤穂信さんはこの『空飛ぶ馬』を読みミステリーへの方向性を決めた、という話もある。この作品がなければ、『氷菓』をはじめとした〈古典部シリーズ〉も生まれていなかったのかもしれない。

37.北森鴻『凶笑面―蓮丈那智フィールドファイルI』

 

年齢不詳、短髪。身長も高い中性的な美女・蓮丈那智(れんじょうなち)を探偵役とした連作ミステリである。

このシリーズの特徴はミステリーに「民俗学」を絡ませているところにある。むしろ民俗学の方がメインと言っていいくらいだ。

民俗学の怪しげな雰囲気はミステリとの相性が抜群であり、他のミステリ作品では味わえない新鮮な世界を体験することができる。

民俗学に関する知識がないほど、新しい発見があってこの作品を楽しむことができるはずだ。私もはじめて読んだ時は民俗学の知識なんてなかったが、この作品で民俗学の面白さを学ぶことができた。

しかも蓮丈那智のキャラが抜群に良く、助手・内藤三國との絡みも非常に面白い。キャラ小説としても楽しめてしまうのだ。

それでいてミステリ小説としても一級品なのだから、読まないわけにはいかないだろう。

ぜひこの作品を通して民俗学の面白さを味わっていただきたい。

38.成田名璃子『東京すみっこごはん』

 

見知らぬ人たちが集まり、その場で食事当番をクジで決めて、その人が作った料理を食べる。

という、特殊なルールのごはん屋さん「すみっこごはん」で繰り広げられる人情物語を描いた連作短編集である。

「ごはん屋さんが舞台の小説」「心が温まる優しい作品」というのは数多く存在するが、そんなよくありがちな設定の中でもトップクラスの名作なのだ。

普段ミステリや狂気的ホラーばかり読むため、たまにこのような暖かい話を読むと強烈に胸に突き刺さる。

心の温まり方が尋常ではない。しかも元気をもらえる。ほんとのほんとに「良んでよかったなあ!」と思える物語が詰まっているのだ。

最後まで順番に読んでいくと、連作短編集ならではのたまらない展開が待っている。

39.倉知淳『日曜の夜は出たくない』

 

倉知淳さんのデビュー作であり、〈猫丸先輩シリーズ〉の一作目。

シリーズ名の通り「猫丸先輩」を探偵役としたシリーズで、キャラ良し、謎良し、推理良し、の三拍子が揃った非常に読みやすい連作短編集である。

本格ミステリでありながら、猫丸先輩のユーモラスなキャラクターのおかげで楽しく読めるのも嬉しいところ。しかも最後までしっかり読んでいただければ、連作短編集ならではの面白さを体感することになるのだ。

もし今作で猫丸先輩を気に入っていただけたなら、シリーズ二作目にして名作長編の『過ぎ行く風はみどり色』もぜひ読むことをオススメしちゃうぞ。

40.郷内心瞳『拝み屋郷内 花嫁の家』

 

拝み屋を営む著者・郷内心瞳さんが実際に体験した、〈母様の家、あるいは罪作りの家〉と〈花嫁の家、あるいは生き人形の家〉の連作2篇を収録した実話怪談集。

そのシリーズ二作目であるこの『拝み屋郷内 花嫁の家』が一番ヤバイ。

実話怪談集というのは短くてゾッとするお話が何十編も入ったもの、というイメージが強いかもしれないが、この作品に収められているのはわずか二編。

前編と後編とも言えるこの構成からなる物語は、その「密度」が尋常ではない。「怖い」と超えて「凄まじい」と言えるレベルである。

実話怪談集というものは大好きでこれまでに何十冊と読んできたが、この作品に出会った時「こんなにすごいの初めてだ」と本気で思った。

語りが上手い。構成が上手い。まるでミステリー小説のような伏線回収と怒涛の展開に快感すら覚える。

「こんなことが実際にあるわけない……」と思う一方、細部まで綿密に構成されたこの物語に「これは本物だ」と思わされてしまうのである。

41.鮎川哲也『五つの時計』

 

鮎川哲也さんの傑作短編集である。もう一度言おう。「傑作」短編集なのだ。恐ろしいことに、ほんとに傑作しかない。

本格ミステリがお好きであれば「読まないと損」をするレベルである。

アリバイ崩し系のミステリはあまり好みじゃないって?

そんなセリフはこの作品を読んでから言ってただきたい。

丁寧にしかれた伏線、トリックの完成度、そして鮮やかな逆転。もちろんアリバイ崩し以外の様々なトリックが楽しめるのでご安心を。

『五つの時計』『早春に死す』『道化師の檻』『薔薇荘殺人事件』『急行出雲』『悪魔はここに』……などなど、ベスト1を決めようと思ったが決められない。

無理に決まっている。傑作しかないのだから。

42.星新一『ボッコちゃん』

 

星新一の入門書。

星新一で何を最初に読むか迷ったらコレを読んでおけば間違いない。

星さん自選の50編が収められた宝箱のような一冊である。

短編集ではなく、短編よりもさらに短いショートショートと呼ばれるジャンルだけれど、この傑作を紹介しないわけないはいかないよね。

43.『短編工場』

 

豪華作家陣の厳選された短編が12編収められている。

『かみさまの娘』桜木紫乃
『ゆがんだ子供』道尾秀介
『ここが青山』奥田英朗
『じごくゆきっ」桜庭一樹
『太陽のシール』伊坂幸太郎
『チヨ子』宮部みゆき
『ふたりの名前』石田衣良
『陽だまりの詩』乙一
『金鵄のもとに』浅田次郎
『しんちゃんの自転車』荻原浩
『川崎船』熊谷達也
『約束』村山由佳

好きな作家さんが一人でもいるなら読んでみよう。

意外と、知らなかった作家さんの作品が気に入ったりするものだ。

44.奥田英朗『イン・ザ・プール』

 

変わった精神科医に訪れる、変な悩みを持った患者達の物語。

奇妙な世界観とユーモアの融合が絶妙であり、なんとも愉快な気持ちにさせてくれる。

くだらないんだけど、知らないうちに精神科医・伊良部一郎の虜になってしまうのだ。

こうなると、続編の『空中ブランコ』も読まずにはいられない。

45.上田 早夕里『魚舟・獣舟』

 

SF短編集の傑作。

SFに興味がない人間だって絶対に楽しめる、と断言できるほどにストーリーと世界観が凝っている。

テンポも良く、SF小説の中でも特にサクッと読める方だが、内容は濃厚で後を引く。

どの短編も捨てがたいが、やはり表題作『魚舟・獣舟』の発想は何度読んでも面白い。表題作だけでもいいから読んでほしい。

46.横山秀夫『第三の時効』

 

警察小説の傑作。

これほど面白い警察短編小説を私は知らない。

短編ならではの読みごたえとテンポ、ミステリとしてのオチも完璧。

単に真相を解き明かす面白さだけでなく、オチに行き着くまでの過程、雰囲気、キャラクター、どれをとっても圧巻である。

この作品で横山秀夫さんにハマる人も多い。

47.『谷崎潤一郎犯罪小説集』

 

胸がザワザワするような、ホラーじみた犯罪小説集。

初期の推理小説のような雰囲気なんだけど、推理小説に感じられない不思議な感じが漂う。まるで幻想小説のようだ。

なのにどんでん返しも見事に決まっているし、引き込み力が凄くとにかくページを捲る手が止まらない。

江戸川乱歩が好きなら絶対に読むべし。

48.『シャイロックの子供たち』

 

池井戸潤さんの傑作の一つ。

とある銀行の支店を舞台にした連作短編ミステリである。

「銀行員」というものの恐ろしさが詰まっており終始ハラハラさせられるが、数ある池井戸作品の中でも面白さと読む手の止まらなさは随一。

どんなに給料が良くても銀行員にはなりなくないと思わされる。

49.『ななつのこ』

 

人が死なない「日常の謎」と呼ばれるジャンルの名作。

うまく出来すぎなくらい、流れるように謎と謎が繋がっていく様を見てほしい。

重苦しいものはなく、ただただ優しい物語ばかりなのも嬉しい。

全体的な物語としての終着点も完璧だ。

50.『ぼっけえ、きょうてえ』

 

ホラー短編集の名作。

この作品ほどおどろおどろしい恐怖を持ったものは希少だ。

岡山弁で語られるというのが気持ち悪く、心の奥底からゾクゾクしてくる不思議な感覚を味わうことができる。

初めて表題作を読んだ時の衝撃は今でも忘れられず、怖い。

51.筒井康隆『家族八景』

 

人の心を読める超能力を持つ女中の七瀬を主人公とする短編集。

その七瀬がお手伝いさんとして8つの家庭で働く様子が描かれている。

が、人の心が読めても幸せとは限らない、と実感させられるものばかりだ。

知りたくもないことを知ってしまうというのは、やはり嫌なもの。読んでいて気分が悪くなってしまう。

52.『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』

 

この表紙に惹かれない人間がいるのか。こんなの内容がどうであれ買ってしまうではないか、と思えるほどに見事な表紙だ。

でも素晴らしいのは表紙だけではないのだ。

今作は、暗黒面と残酷さを前面に押し出した「文学的ゴシック」の名作短編を集めたアンソロジーである。

「暗黒」「不穏」「残酷」「ダーク」「幻想」「怪奇」が満ち溢れた作品ばかりが収められているのだが、注目すべきはその作家さんたち。

北原白秋、宮沢賢治、江戸川乱歩、横溝正史、小栗虫太郎、三島由紀夫に始まり、乙一、伊藤計劃、桜庭一樹、京極夏彦、大槻ケンヂ、倉阪鬼一郎、などなど豪華すぎるのもいい加減にしてほしい見事なラインナップなのだ。

こんな贅沢なアンソロジーがどこにある。いや、あるのだ。ここに。読まないでどうする。

53.皆川博子『蝶』

 

皆川博子さんの好きな短編集はいくつもあるが、頑張って一つだけ選ぶとしたらコレ。

見てはいけないものを見てしまったような感覚を覚える、皆川さんらしい幻想さと妖しさを兼ね揃えた8編からなる短編集である。

残酷であり美しい。あまりに特殊な世界観のため、最初は「うっ、読みにくいかも!」と思うかもしれない。

しかし2編3編と読んでいくといつの間にか皆川ワールドに取り込まれる、という仕組みになっているので安心していただきたい。

引き込み方がうまいのだ。そして物語から返してくれないのだ。

一度取り込まれてしまうと、他の皆川さんの作品も貪るように読み漁ってしまうことになる。まさに「皆川中毒」である。

54.『書物愛 日本編』

 

タイトル通り、書物にまつわる物語が収めたれた名作アンソロジーである。

「書物愛」とあるが、どちらかというと「書物狂い」だろう。皆、良い意味でイカれている。

収録作品は

夢野久作「悪魔祈祷書」
島木健作「煙」
由起しげ子「本の話」
野呂邦暢「本盗人」
出久根達郎「楽しい厄日」
横田順彌「古書狩り」
宮部みゆき「歪んだ鏡」
稲毛恍「嗤い声」
紀田順一郎「展覧会の客」

の9編。

どれも味わい深いものでありながら、いろいろな後味が楽しめるのが嬉しい。『ドグラ・マグラ』でおなじみの夢野久作「悪魔祈祷書」、由起しげ子「本の話」、野呂邦暢「本盗人」あたりが特に好き。

本がお好きならぜひ読んでいただきたいばかりだ。共に狂おう。

55.『怪奇小説傑作集』

 

海外の面白すぎる怪奇小説だけが収められたアンソロジー。言い換えれば「海外怪奇小説のオールスター」。もしくは「神作品の集まり」である。

ブルワー・リットンの『幽霊屋敷』、W・W・ジェイコブズの『猿の手』、W・F・ハーヴァーの『炎天』、J・S・レ・ファニュの『緑茶』、E・F・ベンスンの『いも虫』、アーサー・マッケンの『パンの大神』などなど、「死ぬまでに一度は読んでおきたい」レベルの作品ばかりが収められているのだ。

これを読まずして他に何を読めと。

中編ほどの長さでねっとりした後味を残す作品もあれば、ショートショートほどの短さでキレッキレのオチをつけてくれる作品など様々。

しかも平井呈一(ひらい ていいち)さんの訳がまた素晴らしいのだ。これには本当に感謝である。

56.『悪党どものお楽しみ』

 

もともと詐欺師だった主人公・ビルが、現役のいかさま師たちと対決して彼らの不正を暴いていくという連作短編集。

各短編がしっかりと面白く、トリックの質も高い。盲点の付き方がお上手なのだ。それでいて「連作短編集の良さ」というものを存分に活かした見事な作品である。

ギャンブルの世界ってだけでもワクワクさせてくれるし、それでいてキャラクターもよければユーモアもあって楽しく読める贅沢さよ。

詐欺師との騙し騙されの掛け合いは見ているだけでドキドキ、ミステリ小説としてもコンゲーム小説としても優れている名作なのだ。ビルが仕掛けを見抜く様をぜひ見ていただきたい。

読後はとにかく気持ちが良く、爽快な気分になれる。

全然関係ないけど、『悪党どものお楽しみ』というタイトルは名作映画『スナッチ』を思い出すよね。内容は全然違うんだけどさ。

57.『九マイルは遠すぎる』

 

現場に行くことなく、少しの情報を聞いただけで事件を解決へと導く「安楽椅子探偵」ものが収められた短編集である。

特に表題作『九マイルは遠すぎる』は、言わずと知れた海外古典の名作。

なんと「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」という一文から真相を見抜いてくのだ。

ほんのわずかな情報から推論に推論を重ね、無駄なく論理的に真実へと導いていく様は芸術の域。表題作だけでも読む価値ありといえよう。

とはいえ、収められている他の短編も上質なものばかり。本当に贅沢だ。

58.『フォークナー短編集』

 

フォークナーの好きな短編をあげたらきりがない。

だが、その中で一つだけ名をあげるとすれば『エミリーに薔薇を』だろう。

この『フォークナー短編集』には『エミリーに薔薇を』を含めた8編が収められている。

フォークナーといえば長編作品もとても面白いのだが、最初に手に取るには少々読みにくいと思われる。そのためいきなり長編作品を読むと、「フォークナーって難しい!やーめた!」ってなりがちなのだ。

しかし短編になると随分と読みやすくなる(それでも濃厚だが)。というわけで、「フォークナー入門」の一冊としても最適と言えるのだ。

「そもそもフォークナーって誰よ?」という方にもこの短編集はピッタリである。読めばわかる。これがフォークナーだ(?)。

もしこの短編集を気に入っていただけたなら、彼の傑作短編の一つ『熊』が収められている『熊 他三篇』も読むことをおすすめしたい。

そしてフォークナーの世界に慣れてきたら、ぜひ長編作品を手にとってみよう。

59.『招かれざる客たちのビュッフェ』

 

アガサ・クリスティやエラリー・クイーンと肩を並べるほどに有名なクリスチアナ・ブランドの名作短編集。

収められているどれもが上質であり、中でも、弁護士のトマス・ジェミニーが密室の中で殺されていたという『ジェミニー・クリケット事件』は傑作として名高い(私的には『婚姻飛翔』もこれと並ぶ傑作)。

悪意に溢れたブラックユーモア、絶妙なひねり、強烈なオチ。それぞれに異なる味付けとピリッとしたスパイスを効かせた短編がなんと16編も。

ボリューム満点な上に一品一品の味付けが濃く、あっという間にお腹いっぱいになってしまうのだ。

クリスチアナ・ブランドのミステリは長編の『はなれわざ』や『ジェゼベルの死』も良いが、まだブランド作品を読んだことがない方にはこの『招かれざる客たちのビュッフェ』を最初の一冊としておすすめする。

60.『闇の展覧会 霧』

 

後味最悪で有名な映画『ミスト』の原作、スティーヴン・キングの『霧』が収められているアンソロジー。

この『霧』だけでも読む価値アリ、というか『霧』を読むために購入するような作品である。

じゃあ『霧』以外は面白くないの?というと、そうではない。他の作品も十分に面白いのだ。しかし『霧』を読むとそれだけで満足してしまう。

『霧』面白すぎるために、他の作品が霞んで見えてしまうのだ。そう、『霧』だけにね。

映画を見た方は、ぜひこちらの原作の方も読んでみてほしい。キングの素晴らしさを改めて実感し、そのつくり込みに圧倒されてしまうだろう。

映画を見ていない方も、まずはこの原作から読むことをおすすめしたい。

映画と原作との違い

映画を観た方はご存知の通り、『ミスト』の結末は最悪の形となる。しかし、原作『霧』のエンディングは映画とは異なるのだ。

しかもキングは映画のエンディングを聞いて絶賛したとのこと。「そっちにすれば良かったよ!くそう!」と言ったとか言わないとか。

あなたは映画と原作、どちらのエンディングが好みだろうか。

61.『黒後家蜘蛛の会』

 

SF会の巨匠アイザック・アシモフが描く本格ミステリシリーズ。

①一人のメンバーが問題を出す

②黒後家蜘蛛の会のメンバー全員で考える

③結局ヘンリーが答えを導く

という流れ。

収められている短編どれもが傑作であるが、特に「会心の笑い」「贋物のPh」「死角」がベスト。

古典ミステリとして絶対に読んでおきたい一冊だ。

62.『火曜クラブ』

 

アガサ・クリスティが生み出した名探偵〈ミス・マープル〉の活躍を描く13編からなる短編集。

簡単に説明すると、ミス・マープルというキュートなおばあちゃんが、現場に行かず情報を聞いただけで謎を解決していくという〈安楽椅子探偵〉ものの名作である。

「火曜クラブ」というのは、六名の人物が集まった中で一人が過去の事件の話をして、残りのメンバーがそれを推理する、という会のこと。

皆それぞれ難解な事件を持ち込み頭を悩ませるが、結局マープルが一人で解いてしまうというわけだ。マープルの異常なまでの洞察力にはお手上げである。

マープルの名作といえば『ポケットにライ麦を』『予告殺人』などの長編作品も最高だが、未読であればこの『火曜クラブ』を真っ先に読むことをおすすめしたい。

マープルが初登場する作品が含まれている、というのはもちろん、純粋にこの一冊にマープルの面白さが全て詰まっているからだ。本当に贅沢すぎる短編集なのである。

63.『ロルドの恐怖劇場』

 

20世紀初頭、パリで絶大な人気を博した劇作家・ロルドが描く恐怖劇場が22編。

もうこれだけで最高だ。「恐怖劇場」って。

その名の通り、ブラックで残虐で絶望で後味の悪い物語ばかりが収められている。

しかし「まさかのオチ」や「意外な結末」を求めて読む作品とは少々異なる。ただただ「イヤな物語に浸る」のだ。これに尽きる。

こんなタイトルの作品を読む時点で、物語のオチは最悪になるに決まっているのだ。ハッピーエンドになるわけがない。

登場人物が悲惨な目に会うのを見て、「うわー、自分じゃなくて良かったー」という気分になれればそれでいいのだ。はっはっは。

幽霊などの怪奇現象ではなく、「人間の中に潜む闇」が好きな人にぜひオススメしたい。

64.『鳥―デュ・モーリア傑作集』

 

あまりにも有名なヒッチコックの映画『鳥』の原作を含めた傑作集。

『鳥』とは、ある日を境に世界中の「鳥」が人を襲い始める、という理不尽ホラーサスペンス。これほどまでに「鳥」を怖いと思ったのは初めてであり、今でもいつかこんな日が来るのではないかと思っている。

この作品を読んでから、街で鳥を見るたびに「お前は襲わないよな?」と疑ってしまうほどトラウマになった。

何が怖いのかって「異常な事態が起き始めている」という描写である(カモメのシーンとかね)。コレがさいっっっこうに巧い。とにもかくにもこの『鳥』だけでも読む価値大アリなのだ。

というわけでわたしは最初『鳥』だけを目当てに読んだのだが、なんと他の作品も『鳥』と並ぶ傑作ばかりだった。

特に、幻想的な『モンテ・ヴェリタ』や、幸せの絶頂にいた女性が突然自殺した理由を探る『動機』などが好みすぎる。

もしこの短編集を気に入っていただけたなら、同じくデュ・モーリアの作品集『いま見てはいけない』『人形』も最高におすすめである。

65.『二壜の調味料』

 

ファンタジー小説を得意とする作家ロード・ダンセイニ氏が描く〈ミステリ〉短編集である。なんと26篇も。

というわけで、普通のミステリではない。どことなく奇妙な雰囲気の漂う異色なミステリなのだ。

表題作『二壜の調味料』は江戸川乱歩が絶賛したことでも有名。

資産家の女性が失踪。その女性と同棲していた男が殺したのではないか?と疑いがかかる。しかし、死体を始末した形跡が全くない。

わかっていたのは、男が庭の木を切り倒し始めたこと。なぜ彼は庭の木を切り始めたのか。これは震える。

もう純粋にお願いである。表題作だけでも読んでください。

幻想の世界に迷い込みたいなら、神々のお話が詰め込まれた『ペガーナの神々』がオススメ。

66.『遁走状態』

 

タイトルと表紙を見てビビッ!と来たらな大正解。その直感を信じ、ぜひ読むことをおすすめしたい。

19もの「悪夢」が収められた短編集である。

幻想小説や狂気小説などは数多く存在するが、ブライアン・エヴンソンの描く世界はそのどれとも違う。が、その違いを説明しろと言われても無理である。私ごときに説明できるはずがない。しかし、一遍でも読めばその違いがすぐわかる。

不安と狂気が入り混じる、歪んだ世界にジリジリと引きずり込まれていく感覚。ああ、最高。

基本的に短編集とは「読みやすさ」がウリの一つだが、この作品は短編集ながら「気軽に読める」とはとても言えない。

一編読むたびに一息つかないと、現実に帰ってこれなくなる恐れがあるからだ。全話一気読みなんてしてしまったらもうサヨウナラである。

この次は同著者の第2短篇集『ウインドアイ』をどうぞ。

67.『シャーロック・ホームズの冒険』

 

シャーロック・ホームズシリーズって何から読めば良いかわからない、という方もきっと多いはず。

一般的には第一長編の『緋色の研究』から読むことをおすすめしている場合が多い。そりゃそうだ。『緋色の研究』こそ、ホームズとワトスンの出会いを描いたシリーズ最初の作品なのだから。

しかし、私的にはこの『シャーロック・ホームズの冒険』を最初に読むことをおすすめする

主な理由は3つ。

①『シャーロック・ホームズの冒険』のクオリティがすごく高い。

②短編集なので読みやすく、とっつきやすい。つまりホームズ入門にピッタリ。

③この一冊でいろんな事件を楽しめる超贅沢な作品だから。

という感じ。

『緋色の研究』と順番が前後しても問題はないし、『シャーロック・ホームズの冒険』を読んで「面白くないな」と思ったらそれ以上読む必要もないからだ。

68.『ブラウン神父の童心』

 

海外古典の名作〈ブラウン神父シリーズ〉の第1作目。

先ほどご紹介した『シャーロックホームズの冒険』と並ぶ〈必読級〉のミステリ短編集である。

エルキュール・ポアロやシャーロック・ホームズを始め、海外で活躍する名探偵は多いが、その中でも決して忘れてはいけないのがこのブラウン神父。

そんなシリーズの一作目『ブラウン神父の童心』は見事に傑作ぞろいであり、中でも「見えない男」や「折れた剣」は読まなきゃ損するレベルである。

独創的で多彩な、ここにしかないトリックを刮目していただきたい。

69.『ママは何でも知っている』

 

①刑事のデイビッドがママとの食事中に事件の話をする。

②ママがあっという間に謎を解明してしまう。

という流れの短編集。

現場を見ずに情報を聞いただけで事件を解決してしまうという、『火曜クラブ』や『九マイルは遠すぎる』と並ぶ「安楽椅子探偵」モノの傑作である。

会話の最中にママは2,3回ほどの’’簡単な質問’’をするのだが、たったそれだけ事件を解決してしまうのだ。洞察力に脱帽である。こんなママがいたら浮気なんてする前にバレる。

しかも海外ミステリの中でもかなり読みやすい部類であり、気軽にサクサク読むことができる。それでいて一編一編の推理は素晴らしいのだ。面白くないわけがない。

70.『妖魔の森の家』

 

「密室といえばカー」でおなじみのジョン・ディクスン・カーの傑作短編集。

ヴィッキーは少女時代、完全な密室の部屋から突然消え、一週間後に突如現れた。その間はどこにいたのかもわからないという。

時は流れ成人した彼女は、別荘にやってきたメルヴェール卿たちの前で再び姿を消すーー。

そんな表題作『妖魔の森の家』は数あるカーの短編の中で「最高傑作」との呼び声が高い。伏線からトリック、カーらしい設定を含め素晴らしいとしか言いようがないのだ。

というと表題作ばかりに目が行きがちだが、他にも『赤いカツラの手がかり』や『第三の銃弾』など上質なミステリが堪能できる。タイプの違うトリックを揃えた、バランスの良い仕上がりになっている短編集なのだ。

海外ミステリー小説を読む上でも、ぜひ優先的に手に取りたい一作である。

71.『くじ』

 

シャーリイ・ジャクスンの作品は基本面白いが、特におすすめしたいのがこの短編集。

人間の黒い感情に彩られたお話が二十二編も詰まっている。

ミステリでもなければホラーでもない。ひっくり返るようなどんでん返しもない。

しかし確実に、ジワジワと精神が蝕まれているこの感じ。何気ない日常の中に潜む「悪意」にゾクゾクが止まらないのである。

そんな傑作短編集が2016年についに文庫化されたのだ。この機会に読まずしていつ読むのか!

72.『なんでもない一日』

 

続いてもシャーリイ・ジャクスン。どうしても1作品に絞れなかった。

23の短篇と5つのエッセイが収録されている贅沢な一作である。

先ほどオススメした『くじ』と同じく、人間の中に潜む〈悪意〉がたんまりと楽しめるのだ。最高だね。

かといって『くじ』とはまた別の読後感を味わうのだから不思議である。ただのブラックユーモアとは一味違う、この感覚を表現できる言葉を私は知らない。

一編一編はとても短いのだが、気付かぬうちに少しずつ「毒」を盛られているので注意しよう。一気に読むと致死量に達する恐れがある。

73.『大いなる不満』

 

奇想とブラックユーモアに溢れた11編。セス・フリード氏の痛烈なデビュー短編集である。

毎年何人もの参加者が死んでいるにもかかわらず、それでもピクニック参加する人々を描いた「フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺」。

このピクニックで起きていることは予想をはるかに超えている。ではなぜ彼らはピクニックに参加するのか。

集団心理を利用した深く考えさせられる作品……と言いたいところだが、何も考えなくて良い。浸ろう、このねじれ切った世界に。

自殺や謎の失踪、奇妙な事故。先祖代々、奇妙な死に方をする家系の主人公の話、『諦めて死ね』なんてタイトルから面白さが滲み出てしまっている。

あえて内容は伏せるが最後の『微小生物集』なんて凄いよ。

この短編集を読んだ人は、よく「意味が分からない」とか「スッキリしない」なんて感想を持つのだが、それは正解である。こんなもの、理解できるわけがない。

74.『さあ、気ちがいになりなさい』

 

見よこのタイトル。非常にそそられる。

フレドリック・ブラウンの傑作12篇からなるこの作品集は、私の大好きなショートショートの神様・星新一さんが訳を担当されている。

そしてその星新一さんが影響を受けた作家として名を挙げているのが、フレドリック・ブラウンなのである。

というわけで『さあ、気ちがいになりなさい』に収められているお話は、どこか星新一さんを思わせる雰囲気がある。星新一さんのショートショートがお好きなら方にはたまらないものとなっているのだ。

SF、宇宙、謎の惑星、ファンタジー、サスペンス、ミステリ、狂気、ユーモア。なんでも詰まっている。

訳のおかげでとても読みやすいし、ブラウン作品の入門として最適なのだ。

75.『クリスマスプレゼント』

 

『ボーンコレクター』や『スキンコレクター』でお馴染み、〈リンカーン・ライムシリーズ〉の著者ジェフリー・ディーヴァー氏の作品。

収録されている16編すべてに「どんでん返し」が仕込まれているという贅沢極まりない短編集である。

短い物語ながら引き込み力が凄まじく、ピリピリと緊張感が高まってきたところで予想外の方向から頭を殴られるのだ。それが16回もだ。そんなに殴られたら死んでしまう。

ジェフリー・ディーヴァー氏の長編がめちゃくちゃ面白いのは十分承知していたが、短編もここまで素晴らしいと逆に怖い。なんなんだこの人は。天才か(天才である)。

今作を楽しめたなら、続けて『ポーカー・レッスン』もどうぞ。この作品も『クリスマスプレゼント』と同じく、どんでん返しミステリが16編収められた傑作短編集である。贅沢すぎるのもいい加減にしてほしい。

76.『犯罪』

 

2012年の本屋大賞「翻訳小説部門」で1位となった名作。

刑事弁護士である著者が実際に出会った犯罪を淡々と語っていく、という非常に珍しい短篇集である。

「犯人は誰だ?」「衝撃のトリック」「強烈などんでん返し」などを味わう為に読む〈推理小説〉ではなく、犯罪者はなぜ犯罪者となったのか、という〈人生〉を描いた作品なのだ。

という予備知識があったため推理小説好きな私はあまり期待せずに読んだのだが、これ、とんでもなく面白いよ。

淡々とした語り口調は読みやすいぶん、リアルさと怖さを強調させる。

このような読み物に出会えたことが奇跡である。

77.『アデスタを吹く冷たい風』

 

テナント少佐シリーズとノンシリーズの合わせて7編が収められた作品集。

シンプルな本格ミステリでありハードボイルドであり。しかもちゃんとオチにひねりを加えてくれている上質なものばかり。1950年頃の作品なんだけど、今読んでも問題なく面白い。

なんてったって注目すべきはテナント少佐の魅力よ。テナント少佐カッコイイ!ってなる。謎に満ちているし超シブいんだよね。しびれるわい。

表題作はもちろん、特にお気に入りなのは「うまくいったようだわね」と「獅子のたてがみ」。でも密室の傑作「玉を懐いて罪あり」も好き。

78.『怪盗ニック全仕事』

 

怪盗というものは基本「価値のあるもの」を盗む傾向にある。しかし中には「価値のない物」を盗む怪盗がいるのだ。

それが本書に登場する怪盗ニックである。

本当に「なんでそんなものを盗むの?」というものしか盗まない。それでも彼が盗みを働くのは〈依頼〉があるからである。

プールの水を盗んでほしい、野球チームを盗んでほしい、ネズミのおもちゃを盗んでほしい、などなど。

というわけでこの作品では「どうやって盗むのか?」はもちろん、「なぜ依頼人はそんなものを手に入れたいのか?」というホワイダニットに注目である。

一話一話が短く簡潔に、それでいて質の高いものばかりが15編。かつ楽しく描かれているので、ぜひお気軽に手にとっていただきたい。

79.『街角の書店』

 

アンソロジーとは実に良い。

各作家さんたちの選りすぐりの名作が集められたものなのだから、面白いのも当然の事なのだ。迷う必要がない。

この『街角の書店』には、SFでもファンタジーでもホラーでもない「奇妙な味」の物語が18編も収められている。

奇妙な味って何?」という方にこそ読んでいただきたい。読めばわかる。

シャーリイ・ジャクスンの『お告げ』や、ジャック・ヴァンス『アルフレッドの方舟』、ケイト・ウィルヘルムの「遭遇」、ハリー・ハリスン『大瀑布』に、フレドリック・ブラウン『古屋敷』。

豪華な作家さんたち勢揃いの夢のような作品集なのだ。凄いったらありゃしない。

一癖も二癖もある物語ばかりだが、必ずお気に入りのものが見つかるだろう。すると、その作家さんの他の作品を読んでみたくなる。そうして読書の幅が広がっていくのだ。

いくら美味しくてもずっと同じ味のモノを食べ続けたら飽きてしまうだろう。

いずれも「奇妙な味」でありながら、絶妙に後味が違うのだ。このバランスが非常に良い。

80.『奥の部屋: ロバート・エイクマン短篇集』

 

怪奇小説の巨匠エイクマンの作品集。

不気味で奇妙で心の奥がゾワゾワするような、なんとも言えぬ怖さを放つ物語が7編。

エイクマンの物語は、怖さの原因が明確に描かれていないものが多く見られる。確かな着地点がないのだ。だから「え?結局なんなの?」という気分にされてしまう。だがそこがいいのだ!

「何が怖いのかわからない怖さ」というものがどういうものなのか。ぜひ本書で。

とにかく「こわい話」というものが好きなら、一度はロバート・エイクマンの作品を読んでみるべきである。

表題作『奥の部屋』

やはり表題作が逸材。

語り手の女性は、子供の頃に誕生日プレゼントで「人形の家」を買ってもらった。

しかしすぐに奇妙なことに気がつく。窓から中を覗くことはできるが、開けることができない。中にいる人形は、こちらに背を向けていて顔をみることができない。

さらに奇妙な事実が発覚するので、彼女は気味悪がり人形の家に近づかなくなった。

それから時はたち、大人になった彼女は旅行中に森へと迷い込んでしまう。

やがて彼女の前に現れたのは、子供の頃の記憶にあるあの家だった。

81.『けだものと超けだもの』

 

〈けだもの〉に溢れたサキの選りすぐり短編集。36作品収録。

サキ特有の「意地の悪さ」というか「毒」のようなものが存分に味わえるので、サキ入門の一冊にも非常にオススメだ。

中でも有名な「開けっぱなしの窓」はぜひ読んでおこう。

ブラックユーモアを効かせたお話と相まってなんともクセになってしまうのだ。

さらに。この白水Uブックスのものはゴーリーの挿絵も最高なのである。これがサキの世界観にバッチリあっていて不安感を余計に煽ってくれる。実にいい。実にいいよゴーリー。

これが約100年前(1914)の作品というのも感慨深い。そんな作品が2016年に翻訳され、現代の私たちが読めるなんて「運命」というほかない。こんなチャンスに読まずしていつ読むというのか!

82.『郵便局と蛇』

 

「短篇の名手」と名高いコッパードの作品集。もう面白いのは確定したようなものである。

いや、「面白い」というのも少々違う。どちらかというと「なんだこれは」という後味の物語なのだ。一度読んだらまず忘れられないだろう。

奇妙で、幻想で、美しくて、残酷で、ファンタジーで、神話的で。はたしてどうジャンル分けしていいかわからないコッパードらしさが詰まっている。

コッパードを読んだことがないという方はとりあえず読もう。コッパードはどのような短編を書くのか、を知ることだけでも大いに価値がある。

83.『月の部屋で会いましょう』

 

とにかく不思議な物語が33編。

まず設定からして卓越している。

身体がだんだん宇宙服になっていき、最終的に宇宙へ行ってしまう奇病が流行る、という『僕らが天王星に着くころ』とかすごい。身体が宇宙服になる奇病ってなんなのだ。どうしてこんなことを思いつくのか。

手編みのセーターを着ようと思ったら頭が出せなくて、セーターの中で迷子になる『セーター』。どういうことだ。セーターの中で迷子ってなんだ。

こんな奇想天外な物語ばっかりである。一気に読むと現実に帰ってこれなくなる恐れがあるので気をつけよう。

しかもひとつのお話がショートショートに近いくらい短い。だからつい一気に読んでしまうんだ。

84.『死の鳥』

 

『世界の中心で愛を叫んだけもの』で知られるSF界の伝説・ハーラン・エリスンの代表作10篇を収めた傑作集である。

ガチのSFと言うより、SFを取り入れた幻想小説という感覚に近い。他では味わえない、まさに「エリスン」というジャンルなのだ。

この独特の世界観はおそらく万人受けしないだろう。しかし「合うか合わないかを確かめるため」だけでも一度は読むべきである。この衝撃を味わっていただきたい。ハマる人にはもろハマる。

一編一編の力強さと疾走感が半端ではなく、十人の人間に一人づつ全力で殴られてる感じである。短編だからとナメてかかるとボコボコにされてしまうのだ。

正直に言って「読まずに死ねるか」レベルの作品であるので、もし未読であれば『世界の中心で愛を叫んだけもの』と合わせて読んでしまおう。

85.『たんぽぽ娘』

 

ロバート・F・ヤングの代表作『たんぽぽ娘』が収められた作品集。

『たんぽぽ娘』とは「永遠の名作SF」であり、「死ぬまでに一度は読まなければならない短編」の一つである。

読んでいただければすぐにわかると思うが、ロバート・F・ヤングの作品はかなりライトで読みやすいものが多い。非常にまろやかで童話のような味わいがあるのだ。

SF小説ってなんか苦手、難しそうだなあ、という方にこそ読んでいただきたい。

他の短編もとても面白いが、やはり表題作はずば抜けている。王道のボーイミーツガールであり、めっちゃロマンチックなのだ。読んでよかった!と思っていただけるだろう。

86.『怪奇小説日和:黄金時代傑作選』

 

怪奇小説を読みたきゃコレを読め、と断言できるほどの傑作集。あらゆる作風の怪奇小説が18編も詰まっている。

タイトルにもある通り、収録されているのは「怪奇小説の黄金時代」と呼ばれる1850年〜1950年くらいの間に生まれた傑作たちだ。

今となっては滅多にお目にかかることのできない傑作の数々を、こうしてまとめて読むことができるということだけでも歓喜である。

日本の「怪談」とは別の海外ならではの「怪奇」。これがどういうものかをぜひ味わっていただきたい。

おばけや心霊現象ももちろん怖いが、一番恐ろしいのはやはり……。

87.『突然ノックの音が』

 

ショートショートの神様・星新一さんの作品に、物語の全てが「ノックの音がした」の一文で始まる『ノックの音が』という名作がある。

が、『突然ノックの音が』と非常に似ているものの全くの別物である。

今作はイスラエル人作家さんが描くユーモアと皮肉に溢れたショートストーリーが38編も収められている。

そもそもイスラエル人作家さんの作品を読む機会が滅多にないだろうから、これだけでも新鮮であるしありがたい。

特徴として、予想外のオチを楽しむものではない、ということが挙げられる。星新一さんのような物語を期待していると「え、オチは?」と肩透かしを食らうことになるだろう。

しかしこれが今作の面白いところ。浸るのだ。ただ奇妙な物語に浸るのだ。チーズ抜きチーズバーガーを作るってなんだ。

88.『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』

 

奇妙で怪しくてダークな世界観が素敵なアメリカの絵本作家エドワード・ゴーリー。

そんな彼が愛する12編の名作ホラー短編を収め、しかも扉絵を描いている作品集である。

つまり、控えめに言って「神アンソロジー」というわけだ。神々の大宴会、と言ってもよい。

有名なW・W・ジェイコブズの『猿の手』を始め、C・ディケンズの『手信号』、W・F・ハーヴィー『八月の炎暑』、B・ストーカーの『判事の家』など、海外ホラー短編の名作がズラリと方を並べている。

面白い海外ホラーを読みたい、と思ったらこのアンソロジーを読めばまず間違いない。

日本のホラーとはまた違う、海外ならではの絶妙な恐怖を心ゆくまで味わおう。

89.『失脚 / 巫女の死 デュレンマット傑作選』

 

タイトルの通り、F・デュレンマットの傑作集である。全四編。

幻想的であり、ブラックであり、ユーモアがあり。まず初っ端から「トンネル」の不条理さに笑う。

いつものように列車に乗った大学生は、いつものトンネルがやけに長いことに気がつく。いつまで経ってもトンネルを抜け出す気配がないのだ。

奇妙に思った彼は車掌に会おうと運転席に向かうのだが……。

そんな「トンネル」で心を鷲掴みにされ、続く「失脚」「故障」「巫女の死」の三連発で完全にノックアウトする。本気でどれも面白いのだ。

車が故障してしまい、とある村に滞在することになった営業マン。

そこで彼は老人の家に泊めさせてもらう代わりに、その老人と共に奇妙なゲーム〈模擬裁判〉に参加することになる……。

という「故障」は控えめに言っても傑作だ。控えめに言わなかったら神作だ。

90.『口のなかの小鳥たち』

 

まさに〈奇妙な味〉という言葉がぴったりな、怪奇幻想短編集。

サマンタ・シュウェブリンの作品を読んだのはこれが初めてだったが、最初の短編『イルマン』を目にした時点でこの作品集に出会えたことに感謝した。大当たりである。

一編読むごとに口の中にジワジワと広がる狂気。読み終わったあともしばらくイヤな後味が残り、まるで悪い夢をみてしまったような感覚に陥る。

それでいて、ただ後味が悪い話というわけではない。なんなんだこれ。

『現実は小説より奇なり(現実に起きる出来事は小説よりも不思議なことがある)』という言葉があるが、こんな奇妙な出来事が実際にあってたまるだろうか。

なんと表現していいかわからないが、とにかく言えるのは、奇妙なお話がお好きであれば絶対に楽しんでいただけるということだ。

91.『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』

 

まずは表紙を見てほしい。

勘の良い方なら中身を見るまでもなく、この本は「ヤバイやつ」だと感じるだろう。その通りである。

表紙をみていただければわかるように、ちょっと普通ではないお話が収められている。タイトルとのギャップが余計に不気味さを煽っている。

ブラックであり、不条理であり、奇怪である。それらの要素が絶妙のバランスで配合されているのだ。

ジュディ・バドニッツの作品は前作の『空中スキップ』も面白いが、こちらの方がよりブラックな感じが増していて好みだ。

決して読後感の良いものではないが、ぞれでも何度も読みたくなってしまう魅力が本書にはある。

92.『ポー名作集』

 

史上初の推理小説「モルグ街の殺人」をはじめ、「盗まれた手紙」「マリー・ロジェの謎」 「お前が犯人だ」「黄金虫」「スフィンクス」「黒猫」「アッシャー館の崩壊」の8篇を収めた名作集。

つまりポーの代表作の集まりであり、ほとんど完璧と言ってもいいチョイスである。

ポーの作品をまだ読んだことがないという方はまずこの作品集を読もう。ミステリー好きであれば必読以外のなにものでもない。

子供頃に初めて読んだ「黄金虫」のワクワク感は今になっても蘇ってくるし、「お前が犯人だ」のひっくり返し具合は何度読んでも最高だ。

93.『世界が終わるわけではなく』

 

〈奇妙な味〉の名作。

不思議というか、日常のズレというか、不条理であり皮肉でもあるというか。とにかくナンダコレは!と悲鳴をあげてしまうような物語が12篇。

よくわからないけど、いけない世界に入り込んでしまったかのような、不穏な空気がたまらない。

表紙の絵がまた素晴らしい世界観を醸し出しており、内容と見事にマッチしている。表紙絵を見て「いいな」と思ったらぜひ手に取ってみよう。その直感は正しい。

全く、額に入れて飾っておきたいくらい美しい表紙である。

94.『12人の蒐集家/ティーショップ』

 

まさに奇妙と驚きの玉手箱。

奇妙なものを集めることに魅入られた12人の蒐集家を描く連作短編集である。

数ある〈奇妙な味〉の作品の中でも抜群に面白い。それでいてサキやロアルド・ダールとはまた違った雰囲気を放つ。

不思議なお話、奇妙な物語、幻想的な世界観、などがお好きであれば絶対に読んでおこう。後悔はしない。

興味本位で足を踏み入れたが最後、気がついた時にはもう、この不気味な世界から戻れないところに立たされている。そんな作品である。

95.『虹をつかむ男』

 

上質なユーモアが冴え渡る、ジェイムズ・サーバーの傑作集。

短編集と言ってもショートショートほどの短さでサクサクと、でも確実にピリリとした後味を残していく。

発想の天才というべきか、とにかくユーモラスに溢れる世界。そこにちょっとしたブラックな味わいが加わることで、どの作品にもない仕上がりになっている。

96.『エラリー・クイーンの冒険』

 

「アフリカ旅商人の冒険」「首つりアクロバットの冒険」「一ペニイ黒切手の冒険」「ひげのある女の冒険」「三人のびっこの男の冒険」「見えない恋人の冒険」「チークのたばこ入れの冒険」「双頭の犬の冒険」「ガラスの丸天井付き時計の冒険」「七匹の黒猫の冒険」の全10編。

尺の少ない短編でありながら、真相にたどり着くまでのロジックが素敵。さすがのクイーン。

長編だけでなく短編でもクイーンの面白さは健在だ。

97.『伝奇集』

 

ボルヘスといえばコレ。

決して気軽に読める作品集ではないが、読めば読むほどボルヘスの世界に飲み込まれていく。

中でも「円環の廃墟」は一番の傑作。

ほか、「バビロニアのくじ」「死とコンパス」も良い。

98.『地球の中心までトンネルを掘る』

 

「奇妙な味」の集まり。何もかも普通じゃないし、常に違和感が付きまとう物語11編。

しかも一つ一つが全く味わったことのない後味を残してくれる。

シャーリィ・ジャクスン賞受賞作というのも納得の出来栄え。

奇妙な味がお好きならぜひ読んだ方がいい。

99.『特別料理』

 

スタンリイ・エリンを思いっきり楽しめる作品集。

この作品も「奇妙な味」に分類されるものであるが、この後味は特に奇妙だ。

人間の奥底に潜む悪意や敵意を存分に堪能できる、まさに特別料理のフルコースである。

中にはオチが見え見えな物語があるのだが、それでもゾクゾクしてしまうのがスタンリイ・エリンの腕の凄さだ。

100.『世界推理短編傑作集』

 

その名の通り、世界の推理短編の傑作が揃った一冊。

アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」をはじめ、アントン・チェーホフの「安全マッチ」 、ジャック・フットレルの「十三号独房の問題」など、ミステリ好きなら絶対に読んでおくべき傑作が収められている。

もともと1960年に発売された古典であるが、なんと2018年7月に新訳版が発売となった。

これ以上の読むチャンスは他にない。

これから初めて読む方はもちろん、もうすでに読んだことがある方も新訳版を楽しんでほしい。

あとがき

以上が、私が選ぶ『至高のおすすめ短編集・短編小説100選』となる。

ぜひ参考に。

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